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今週の一句(2019.5.11)バックナンバー

 

 

どこか疲れゐて万緑に隙もなし

          松本 進

   (自註俳句シリーズ『松本進集』より

 

 

 

 

 

 どうしてだろう。このところ周囲に疲れている人が数人いる。風邪のような症状が長く続いているようだ。初夏と中秋が一年でもっとも気持ちのよい季節だろう。緑が日に日に濃くなり、夕方の帰宅時間もまだ日が残っている。生き生きとした乾坤に人間は気後れしてしまうのかもしれない。隙のない人間はつまらない。

 掲げた句は先日104歳て亡くなった「野火」二代目主宰の松本先生の昭和50年の作品。

(写真は近所の公園のS字の道)

                   

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記憶のかけら14『野火』五月号より

赤城山

砂   女

 結婚したてで東京に暮らしていた頃、どんな話の流れだったか「鶴舞うかたちの群馬県」と夫が言い、なにそれと問えばきみは知らないのかね上毛カルタ、と憐れむ。海岸線のない県の形など考えたこともないし本来ならふーんで済むところを地図など引っ張り出して感心してみせたのはまだいくらか可愛子ぶっていたのだろう。郷土愛の欠片も見せたことのない彼が「桐生は日本の機どころ」だの「裾野は長し赤城山」だの得意そうにすらすらと口にして、群馬の子どもたちは皆このカルタを暗記しているというが別に威張らなくてもとなんだか可笑しかった。

 確かに赤城山の裾野は長い。富士山に次ぐ長さで、山体崩壊以前はどんなに高かったろうと思うが十万年前とか五万年前というともう想像の範囲を超えた時間で、現在の峰々を繋ぎ裾野を頂点に向かってずうっと伸ばしてみても途中でなんだか茫洋としてしまう。

 桐生に来てからこの山は幾度も歩いた。火山活動でできた流山も含めてわたし達が二番目によく登った山じゃなかろうか。特に夏は夫が好きな里山は暑過ぎてわたしはとても歩く気になれず赤城山でなければ行きたくない。なにしろ大きな山でよく整備された登山コースが幾通りもあり、カルデラ湖の大沼(おの)と覚満淵、火口湖小沼(この)と大小の豊かな水をそれぞれ由緒ある名を持つ峰(赤城山という山頂はない)が囲み、春先の柔らかな緑から躑躅、夏の湖を渡る涼風、秋の紅葉・黄落、植生は豊かで景観も良く歩いても歩いても飽きることがなかった。けれども面倒なことや辛いことは決してやりたくない夫婦、冬だけは地元の里山をたらたら歩いて赤城山へは足を向けたことがない。十一月半ば頃になるとネットで目にするみごとな霧氷の写真を見ては今年こそ今年こそと言いながら結局二十年以上、彼は見ないままに終ってしまった。

 その霧氷を数年前夫の山仲間に連れられて眺めてきた。亭主相手だとまだ着かないのかとかもう歩くのやだとか我儘の言い放題だったけれど他人、しかも山のエキスパート相手ではそんな言葉は噫にも出せず、今まで必要とはしなかった軽アイゼンを新調し、遅れずついて行くだけで精一杯。朝方ぐんと冷え込んでよく晴れた霧氷日和で青空に犇く氷の花は煌めいて、言葉を失うというのがたとえではない、夫がここに居ないことも含めて別の世に立っているようでくらくらした。

 初冬に霧氷が赤城最高峰の黒檜山を覆い始めると上州名物の赤城颪が吹くようになり大沼はしんとその色を濃くする。年が明ければ氷結してわかさぎ釣のシーズンになるが原発事故以来セシウム濃度が高くて暫く魚を持ち帰らないことを条件に許される時期が続き、湖畔に古くからある旅館の経営が苦しいという記事を見たりした。現在は従前通り解禁され、アイスバブル(水中の空気が泡のまま凍ったもの)が話題にもなってかつての賑やかさが戻りつつあってそれが嬉しく、どうやら一種の郷土愛が芽生えているような。

 ちなみにわたし達が一番たくさん登った山は部屋の窓からのかたちが綺麗で、夫が命名し頂上看板をつけた雨降山。本来はそんな名ではないらしいが全国版のハイキング誌に掲載されて地元でもその名が定着した。看板は先頃滅びてしまったが今わたしはその真下で暮らしている。

 霧氷林大沼の湖面の瑠璃きはむ/鈴木康雄      

 

野火創刊号(昭和21年6月1日発行)復刻しました。‼

 

平成29年10月22日発行

発行所 野火俳句会

 

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