野火集抄

菅野孝夫選 

平成29年9月号より

 

 

 

 

受話器より白寿の声や日脚伸ぶ         春日部    松野  稔

飛びながらよろめく風の寒烏              埼 玉    熊谷 幸恵

初景色城下盛岡南部富士                      盛 岡    杉江 典子

春の夜の垂れに癖あり棒棒鶏                東 京    栗原  豊

春近し口をほにして苺食べ                   さいたま 宮鍋 良子

岩塩を河豚雑炊に一つまみ                   新 潟    村山 靖子

柚子湯出て三分ほどのストレッチ          茂 原    渡辺多美子

出勤やけふ雪晴の赤城山                      桐 生    小池 和利

牡蠣小屋の丸太の柱松飾る                   さいたま 泉   喬

相模湾軍艦浮かべ富士に雪                   加 須    戸枝  均

笑ひ皺今年も元気初鏡                         東 京    新川千登美

小春日やまだまだいける八十四             千 葉    手嶋小夜子

木剣の風を切る音寒稽古                      筑 西    岩岡 正子

新雪や居間に汁粉の湯気立ちて             郡 山    伊藤真知子

新しき竹の柄杓や寒の入                      春日部    斎藤 暁子

雪乗せて男体山の勇姿かな                   茨 城    寺内 直子

銃声の谺を返し山眠る                         福 島    有馬 文吾

梅垂れ水面に届く枝の先                      千 葉    鈴木 京子

繭玉や上野鈴本寄席太鼓                      久 喜    中根 栄子

コンソメのスープの底のはるうれひ       古 河    斉藤百合子

野火集選後評

菅野 孝夫  

 

 俳句を始めて二三年たつと、たいていの人は最初の壁に突当たるようです。

 どこかで何度も見たような、使い勝ってのいい言葉を覚えて手軽にまとめたり、やたら難しい言葉を使いだしたりして、自分の言葉を見失ってしまうようです。

 事実(事実らしく加工された事実)だけ、読者の目に見えるように投げ出せばいいのですが、それだけでは物足りなく感じるらしくて、意見をのべたり、論理的な主張をしたりします。言いたいことがありすぎるのでしょう。たった十七音のなかにあれもこれも詰め込んでしまって、なにを言いたいのか分からない句にしてしまいます。

 俳句は論理的な主張をするには向かない詩形です。感想や意見を述べるには短すぎるのです。日常生活の報告をするところでもありません。個人的な出来事は、誰にでも分かる客観的な事実に加工され、具象化され、再構成されて初めて俳句になります。

 打坐即刻・単純明快。モノの本質を捉えて印象鮮明な映像を提示できれば、作者の言わんとすること(主観)はほぼ確実に読者に伝わるはずです。そのためには素材の本質を見抜く力をやしなう必要があります。

 モノを良く見なければなりません。モノは多くのことを語りかけてきます。それをそのまま(のように)具体的に描けばいいのです。言葉で説明する必要はありません。

 

受話器より白寿の声や日脚伸ぶ       松野  稔

 

 むかしザイルを組んだ磐城の友人から電話があって、入院しているという。寡黙な男で、電話などめったに掛けてこない彼からなので、よっぽど悪いのではないかと心配しています。近いうちに見舞に行こうと思っています。

 相手の気分、身体の状態など、電話の声は多くのことを伝えてくれます。何を話したかということよりも、その声の響きから私たちは相手の心情を推し量ります。「日脚伸ぶ」に稔さんの気持が込められています。

 

飛びながらよろめく風の寒烏           熊谷 幸恵

 

 風に吹き飛ばされそうになりながら飛んでいる烏はよく目にする光景です。事実そのままのようですが、もちろん事実そのままではありません。ちゃんと計算された構図になっています。しかもそう思わせないところがこの句の良さです。作為が見えないのです。

 

春の夜の垂れに癖あり棒棒鶏           栗原  豊

 

 バンバンジーは薄味だとラー油が邪魔をして、濃すぎるとくどくて持て余してしまいまいます。そこのところを豊さんは「垂れに癖あり」としました。中七の切れが効いて、棒棒鶏の特徴をうまく捉えています。

 

春近し口をほにして苺食べ              宮鍋 良子

 

 「口をほにして」がこの句の眼目。苺は夏の季語ですが、最近はいつでも食べられて季節感がうすれてしまいました。この句は苺よりも「口をほにして」に焦点が当てられていますから、春近しの斡旋に無理が感じられません。

 安易に使われると困るのですが、季語になる言葉が二つあっても、重点がはっきりしている場合はいいのです。

 

岩塩を河豚雑炊に一つまみ              村山 靖子

 

 この頃はいろんな塩が出回っているようです。私の舌は繊細ではありませんが、微妙な違いを感知することがあります。この河豚雑炊は美味そうです。

 注意してほしいのは下五の切れです。〝岩塩を河豚雑炊に一つまみ振りました〟という文章を「一つまみ」と切ることで余韻が生まれます。叙述が叙景になって「景が見える」ようになったのです。散文が詩に昇華されたのです。

 

 

牡蠣小屋の丸太の柱松飾る              泉   喬

 

 景が目に飛び込んできます。これだけで十分です。小屋の中の様子、人々の姿、まわりの景色、波の音など、さまざまなことを想像させてくれます。

 

相模湾軍艦浮かべ富士に雪              戸枝  均

 

 黒々と浮かぶ鉄の軍艦の向うに、雪をかぶった富士山を配した構図からなにを受け取ってほしいのか、作者は何も言っていません。言っていないから俳句になりました。

 

 新雪や居間に汁粉の湯気立ちて     伊藤真知子

 

 

 雪国に今年も冬がやって来たのです。長い冬です。でもあったかそうです。なつかしい光景です。湯気立てて、ではなく、立ちてとしたところも良かったです。

平成29年12月号より

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