野火集抄

菅野孝夫選

 

 

 

 

 

つなぐ手によう生きてるよさくらんぼ     取 手    深見 昌子

 

雪形の鷲のはばたく南部富士                 盛 岡    杉江 典子

 

三十七度三分の微熱桜咲く                    久 喜    熊谷 幸恵

 

捕食一瞬白鷺の首伸びて                       埼 玉    谷内 照子

 

山風やただ棒立ちの葱坊主                    久 喜    中根 栄子

 

花冷や馴染めぬものにイヤリング           幸 手    中野 典子

 

年の順に逝きて故郷花の雨                    東 京    新川千登美

 

夏来る地蔵にペットボトルの水              千 葉    岩沢  弥

 

詰襟のいかにも堅く新入生                    春日部    西ノ谷俊枝

 

雨のなか薔薇の手入をする背中              野 田    林  美喜

 

一人には広すぎる部屋新茶汲む          東 京    木村 範子

 

母の梅酒五年を経たる琥珀色             春日部    福田 孝子

 

苗市の苗みな濡れて夕暮るる             我孫子    安井 義一

 

母逝きて四十九日や草を引く             下 妻    平田 澄江

 

風ふくらんで色とりどりのチューリップ  茨 城    渡辺 裕子

 

妻持たざりし人の棺に柏餅                    野 田    染谷  實

 

五六軒残りたる村こひのぼり                 千 葉    長谷川光政

 

カステラの底のざらめや春惜しむ           みどり    吉田美津子

 

クレソンの色あざやかに茹であがる         古 河    小嶋 松枝

 

七輪に潮吹く安房の栄螺かな                 大網白里  松島 湖月

野火集選後評

菅野 孝夫  

 

つなぐ手によう生きてるよさくらんぼ           深見 昌子

 

 さくらんぼが二つ、食べられるそのときまで離れずにいる。ケナゲではありませんかさくらんぼは。さくらんぼは食べられて種になって捨てられてお終いですが、夫婦といういうものはそれから延々と、繋がったまま、繋がれたまま生きて、年を取ってしまうのです。

 よくもまあ、別れずに来られたものだと、いつか力なく頷きあってすべてを受け入れる、ああわが人生誤てり、と言ってみても取り返しがつきません。

 

三十七度三分の微熱桜咲く              熊谷 幸恵

 

 平熱は人によって多少違うらしいのですが、三十七度三分は桜の微熱であると幸恵さんは言っています。嘘でしょうが何やら本当らしく思われるのは嘘が上手だからです。

 本当らしい嘘は俳句になります。嘘らしい本当は俳句とは言いがたいのです。上手に嘘をつくのが俳句といってもいいでしょう。物を見て必要のないものは捨て去り、必要なものを加えて、大きくしたり小さくしたりする過程で「本当ではないこと」をまぶして、本当らしい景に仕立てる。そこまでしないと単なる事実の報告になってしまいます。

 

捕食一瞬白鷺の首伸びて    谷内 照子

 

 鷺の句はよく詠まれますが、青田に降りたとか、飛び立ったとか、首が見えているとか、類想類句の山で、鑑賞に耐える作品は少ないものです。この句は捕食の一瞬を捉えて類句を免れました。

 なんども繰り返しますが、何を言うかという中身ももちろん大切ですが、むしろそれをどう表現するかによって俳句になったりならなかったりします。

 

花冷や馴染めぬものにイヤリング    中野 典子

 

 傍から見てもイヤリングは何だか余分なものがぶらついているようで落ち着かないものですが、古今東西、太古の昔から人は鼻輪をつけたり、耳輪をつけたりしていて、平成の時代のご婦人方も、この限りでは古墳時代の人たちと同じ精神構造、同じ精神年齢であると言ったら叱られるでしょうか。

 美しくないとか嫌いであるとか言っているわけではありませんから、誤解しないでほしいのですが、典子さんはそこに多少の違和感を感じたのです。古代人とは違う正真正銘の現代人なのです。もっとも違和感を感じない人の方が現代人ということもできそうですから、少しややこしくなってしまいました。

平成29年12月号より

平成29年11月号より

平成29年10月号より

平成29年9月号より

平成29年8月号より

平成29年7月号より

平成29年6月号より

平成29年5月号より

平成29年4月号より

平成29年3月号より

平成29年2月号より

平成29年1月号より

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